2009年08月07日

高麗神社 参拝日記その4 聖天院

高麗神社 参拝日記その4 聖天院

高麗若光(こまの・じゃっこう)の石像が最後だと思っていたら

続きがまだありましたあせあせ(飛び散る汗)

ここまで約30分位は歩いています。しかも階段をexclamation×2

石像から歩くと大きな広場がありました。

高い石塔がありました。 在日韓民族無縁仏の慰霊塔でした。

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第二次世界大戦の不幸な歴史の中で多くの韓国人が亡くなり、

無縁仏のまま供養もされずに放置されてきた。

それらの無縁仏に久遠の安眠を与え供養したいと願う

在日韓国人の篤信者たちによって、

平成12年(2000)1月にこの塔が建立された。



八角亭を縮小した建物が、慰霊塔の左手前に建っていました。

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1919年3月1日、

ソウルのパゴダ公園(塔洞公園)でデモ集会が行われ、

午後2時には公園は約5000人の学生・市民たちで

埋め尽くされた。

その中から一人の青年が公園の中心にある八角亭に現れた。

彼は群集に向かって一枚の印刷物を読み上げた。

独立宣言書だった。

これをきっかけに、日本の植民地支配からの

独立を求める大衆的な示威運動が朝鮮半島全土に広がった。

いわゆる3.1独立運動である。

韓国人にとって、バコダ公園の八角亭は記念すべき建物である。

その八角亭を縮小した建物が、慰霊塔の左手前に建っている。

韓国の同胞によって、韓国の建材を使用して施工された八角亭である。



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「聖地」の看板。


さらにどんっ(衝撃)この広場の上にも道が・・・続いています。

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また石像があります。

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「檀君」
とは・・・

檀君(だんくん)は朝鮮神話、檀君神話に出てくる王倹朝鮮の宗教的、

政治的最高統帥権者の称号。『三国遺事』「朝鮮古記」によれば

天神桓因の子桓雄と熊の化身と間に生まれたと伝えられる。

檀君神話は朝鮮の古来からの独立を示すための

伝説的神話だろうと推測されており、国家としての檀君朝鮮の実在性も

低いとされている。

しかし現在でも、朝鮮人の中には檀君を

実在の人物と主張する者がいる。

大韓民国の国定教科書では韓国の歴史が非常に長いことを示す

「史実」として扱われている。


慰霊碑の建設に携わった 河 正雄(ハ・ジョウン)氏

の記述が読めます。

http://www.inori-ha.com/life3.htm←コチラ


つづく
posted by つよし at 13:15| Comment(0) | TrackBack(0) | 高麗神社参拝 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年08月06日

高麗神社 参拝日記その3 聖天院

ひらめき高麗神社 参拝日記その3 聖天院

高麗神社から歩いて5分程度にある「聖天院」を訪問しました。

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ここも「出世開運」のお寺です。

正確には高麗山聖天院勝楽寺(こまざん しょうでんいん かつらくじ)

と云うそうです。

高麗神社にもあった、「天下大将軍」「地下女将軍」と書かれたチャン

スンが建っています。

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階段を登ると楼閣のような雷門があります。

左右に風神と雷神の巨像を安置し、天井から巨大な提灯が下がっている

門です。

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この門をくぐり、更に階段を上がると

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中門に受付があって拝観料300円を払い境内に入りました。

正面に池を配した庭園とその右奥の書院と庫裡がありました。

保存のよい武家屋敷の庭園に入り込んだような整然とした庭でした。

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左手の奥に、木造阿弥陀如来座像を本尊として祀る阿弥陀堂がありました。
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写真ではわかりにくいですが、

「木造阿弥陀如来座像」

ものスゴ〜くキラキラですぴかぴか(新しい)

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阿弥陀堂の先にまたもや階段!

えっちら、こっちら登りますダッシュ(走り出すさま)

右に
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左に
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一対の「不動明王」です。

ここを上がりきると、本堂ですっ!!

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平成12年(2000)、裏山の山腹を整地して総ケヤキ造りの

新しい本堂が落成したそうです。完成まで7年の歳月を費やし

かなり立派ですひらめき

本堂に本尊として安置されているのは、天正8年(1580)に

鎌倉仏師の大蔵法眼が彫り上げた寺宝の不動明王座像です。

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ここも丁寧にお参りし、感謝をしました。

本堂の正面には関東平野が広がって見えます。

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本堂の右に「雪山」

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凝灰岩が露出した箇所があります。

本堂を新築するために裏山を整地したときに出てきた岩だそうです。

その形が雪を懐いた山に似ているところから、

寺では「雪山」と呼んでいました。


そして、本堂の左に鐘楼があって国の重要文化財に指定されています。

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説明板によると、大檀那の比丘尼・信阿弥と平定澄朝臣が、

鎌倉時代に関東各地に名鐘を残した物部季重に造らせて、文応2年

(1262)に当寺に奉納したとされている。

ちなみに、この鐘を打つのに100円払います。

僕は打たなかったですぅ。

さらに階段!(←けっこうヘバッテます)

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高麗王若光の像です。ここ聖天院は、高句麗から渡来した

高麗王若光の菩提寺として高麗川の左岸に建立された寺だから

奥頂上に像があるのは当然です。

しかし、さらに奥に

      「聖地」

があったのです!


つづく








posted by つよし at 18:18| Comment(0) | 高麗神社参拝 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年08月05日

高麗神社 参拝日記その2

高麗川を渡り、突き当たりの正面が高麗神社でした。

大きな駐車場がありますが、参拝客の車はマバラでした。

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一の鳥居をくぐり参道を進み、二の鳥居までゆっくりと歩く。

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左手に参拝諸名士芳名があってよく観察しました。

かなり有名な政治家や作家、教育者が訪れていて感心しました。

手水舎でお清めし、いよいよ境内に入っていく。

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参道の両側に植樹があり、これも政治家が植えたものでした。

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出世明神の由来」の看板を読み、本当にスゴい神社なんだと

思いました。

「高句麗神社」と書かれた門をくぐり拝殿に入る。

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千羽鶴、絵馬が沢山かけられていました。

拝殿の両脇に日本酒の樽が捧げられていました。

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丁寧にお参りし感謝の気持ちを伝えました。

すると、祈祷を上げてもらう方がいらして、

お裾分けを頂きました。

拝殿の右手に参集殿があり、おみくじ・お札・お守りなどが買えます。

お土産を買い、参集殿の中を見学しました。

なかでは、高麗神社に関係するものが展示されていました。

参集殿を出て再び境内を見学しました。

「ヒガン桜」が有名で桜の開花時期は賑わうそうです。

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その時期は境内で屋台が出るそうです。

また一時のブームほどではないが、ヨン様のポスターが

ちゃんと張ってありましたよ。



ひと通り済ませて境内で食事をしました。

高麗川駅のスーパーで買ってきた、お弁当とキムチ!を

参集殿のしたで頂きました。

ここは休憩所になっていてタバコも吸えました。

何回も参拝している方が案外、ここで持参した

お弁当を食べていました。

一服を終えて、拝殿・本殿の奥「高麗家住宅」を見学しました。

最初は住宅なんて云うので住宅展示場かと勘違い!

国指定重要文化財でした。

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家屋のなかは9月中旬に公開されています。今回は見学できませんでした。

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庭園をグルっとまわり、池を覗くと鯉がいました。

この鯉は人なれしていて、口をパクパクさせて

「エサちょうだいっ」って言ってる感じでしたよ。

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また「シダレ桜」樹高16m・幹周3,2m樹齢400年(推定)

が有名で開花時期は、ここも賑わいます。

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高麗家住宅を後にし、もう一つの玄関、将軍標・・・

別の表現ではチャンスン(長生)を見学して・・・

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高麗氏の菩提寺である聖天院にお参りします。



つづく




posted by つよし at 13:55| Comment(2) | 高麗神社参拝 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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